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激昂

友人の逆鱗に触れてから絶交されるまで

返報

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蓮子は、私の結婚式にはちゃんと祝電を送ってくれた。

律儀にご祝儀も届けていただいた。

私の母のお通夜にも来てくれた。

私も蓮子のお父様の葬儀に参列した。

 

 

義理人情に厚い人であったことは間違いない。

それでも以前のような付き合い方は

もう御免だという意思を私なりに受け止めている。

 

 

ある日、私と蓮子の共通の知り合いである空山氏が急死した。

私にとっては恩人である。

そのことは亡くなって半年くらい経った頃、

法務局で偶然会った三村氏から聞いて初めて知った。

三村「空山さんが亡くなられたのにはびっくりしたよねぇ、まだお若いのに」

私「えっ!!!」

三村「知らなかったの?」

 

 

そう、リアルタイムではない。

私が蓮子にしたように・・・・・か。

 

以前なら蓮子が直ぐに連絡をくれ、私も葬儀に参列したはずだ。

葬儀に出れなくても最期のお別れには伺いたかった。

 

 

村八分でも、「人の生き死に」と「火事」だけは教え合うものだ。

それすらも教えてくれなかったのは本当に悲しかった。

 

 

これが仕返しか。

 

即、蓮子にメールした。

「あ、そうそう、実はそうだったの。連絡するのをすっかり忘れていた」と

いう風な言い訳で返してきた。

 

 ここまでするか。

 

 

結局、蓮子の本当の気持ちは聞けずじまいだ。

なぜあんのに激昂したのか?

絶縁にまで至るのか、わからないままだ。

ドラマのように互いに泣きながら「あの時は〜だったんだ」と話し

最後には和解するということは現実にはない。

 

随分悩んだ。寂しかった。

残念だけれど仕方ない、そう思うようにした。

 

蓮子の連絡先を全て削除した。 

 

 

 

絶交までのカウントダウン その4「別れ」

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その後、時々メールを送った。

しかし、返信が来るのは2週間後や3週間後。

決まって同じ台詞が返ってきた。

「ごめん、気がつかなかった。」

 

ダメもとで飲みに誘っても返信がないか

「今、忙しいから月末なら何とかなるかも」と

「今、お金がない」の二種類がお決まりの台詞。

 

完全に拒否されている。

もう私の顔も見たくないのだろう。

 

でも、返信が来るだけまだマシか・・・・

 

一体私は何をしているのか?!

 

そんな事が数年続き

会うことはなかった。

 

あれから16年が経とうとしている。

もうすっかり嫌われたのだと、納得するまで何年もかかったが

今では割とすっきりしている。

 

もし、また再び会うようになってもきっと苦い思いをするだけだろう。

これだけはやってみなくても想像がつく。

 

 

蓮子との楽しかった10年間、蓮子には心底感謝している。

 

去る者追わず。

 

もう会うこともないだろうけれど

今もきっと元気だろう。

 

 

 

 

絶交までのカウントダウン その3「恩人」

私が苦しい時に助けてくれた蓮子。

借金をしたことで、もう友人関係ではなく

それは貸主と借主。

全額完済してもなお、その関係性、

つまり借りは消えないということをこの件で私は学んだ。


だからあの時「裏切り」というワードや

「色々相談にのって来たのに!!!」という

台詞が口をついて出て来たのだろう。

それが正直な気持ちだと思う。


大変な時に助けてあげたのに

助けてくれた恩人に隠し事なんてしやがって!

何でも、リアルタイムで報告してこないお前は何様だ!

本音はきっとこんな気持ちだったのかもしれない。


しかしだ。

ずーと隠していたわけでないじゃないか。

入籍した翌月にはちゃんと報告したじゃないか。

じゃ、いつの時点で報告すればよかったというのか?

夫と初めて会った時点か?

プロポーズされた時点か?

親に紹介した時点か?

結婚の日取りが決まった時点か?

役所に書類を提出した時点か?

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絶交までのカウントダウン その2「怒り」

蓮子とちゃんと話したい、関係を修復したいと思い、無理やり温泉旅行に誘った。

しかし、わかりやすいほど余所余所しい。

今までなら共感、賛同してくれたところが、冷たく突き放すようになった。

互いにイライラし、ピリピリした空気が流れた。

顔を合わせれば突っかかってくる。

どちらともなく旅行中は別行動をとった。

旅行は全く楽しくなかった。

一度でも笑ったことはあったのか、多分なかったと思う。


第一に私に対する目つきが違った。

明らかに嫌悪感があった。

昔の眼差しはどこにもなかった。

人格が変わってしまったようだ。

こんなことなら旅行になんか誘わなければよかった。

 

しかし、この温泉旅行の誘いに嫌々ながらも

来てくれたことはありがたいと思わなければならない。

蓮子も仲直りする気が多少はあったのだと信じたい。

 

私が結婚報告が遅れたことに憤慨しているとするならば

謝った。何度も謝った。

友達ならばいの一番に報告するべきだったのかもしれない。

そんなデリカシーのない判断をしてしまったのかもしれない。

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しかし、蓮子の怒りは収まらない。

そんな些細なことでいつまでも怒るような

了見の狭い人間ではないと口では言いながら、

実は腹のなかでは煮え繰り返っているのは手に取るようにわかった。

絶交までのカウントダウン その1「借金」

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友人(蓮子)とは仕事で出会い、

意気投合し、主にプライベートで親しくしていた。

よく旅行に行ったり飲みに行ったり

仕事上でも切磋琢磨する仲だった。

出会って間もなく蓮子は結婚。

結婚式にも出席させてもらい友達として晴れの門出を祝福した。

 

ある日、私は取引先の倒産で負債を抱える事になった。

外注先にも支払いがある。

8割が外注で成り立つ仕事だ。

相手先の倒産なんて外注先にとっては関係ない。

支払いの催促が再三きた。

 

困った。


そんな時にかかってきた蓮子からの電話。

只事ではない様子を察したようだ。

 

「どうした?」

「実は・・・・・・」

 

蓮子は60万円という大金を二つ返事で貸してくれた。

ありがたかった。本当に助かった。

無事に外注先に支払いが済み、

1ヶ月後、借りた60万円を蓮子の銀行口座に振り込み返済が完了した。

それから半年後、仕事がうまくいかず家賃の支払いにも四苦八苦した。

また蓮子に15万円を借りた。この時も快く貸してくれた。ありがたいと思った。

「返すのはいつでもいいよ、耳を揃えて返してくれればいつもいいからね」と

言ってくれた。

完済するまで1年半ほどかかったが無事返した。

 

借金をすると友情は崩壊するとよく聞く。

この時は「自分は違う」と思ったのが、

今になってみれば浅はかだった。

もう遅いが、あの時外注先に頭を下げて

もっと待ってもらうべきだったのではないかと後悔している。

 

それから10年近くたった時、私は一人の男性と出会い、

交際半年で入籍した。

 

蓮子もきっと喜んでくれるだろうと思い、

電話ではなく、敢えてFAXで結婚報告をした。

照れ臭いのもあり、それを選択した。

 

「このたび結婚いたしました。」

 

送信して3分後、FAXがきた。

蓮子からだった!

 

「おめでとう!でも水臭い!なんで言ってくれなかったんだ!」


文字の綴り方で気分を害しているのを感じた。

しばらくして蓮子からメールがきた。

激昂していた。

恨みつらみの文面に愕然とした。

それは絶縁状だった。

 

「これまで色々と相談に乗ってきたのに

あなたを信じてきた私がバカだった。

あなたの裏切りでもうあなたを信じらません。

これからはあなたとの付き合い方を考え直します。

あなたが怖いです。」

 

想定外の反応に無性に悲しくなったのが今でも記憶に新しい。

「あなたが怖いです。」という文言が心に刺さった。

私はとてつもなく非道なことをしたのか・・・・・・・・

入籍して浮かれた気分は一気に吹っ飛んだ。

一番喜んでもらいたかったのに・・・・哀しかった。

 

取りつく島もなし。

それ以降、電話しても居留守を使われ、

メールを送っても完全無視。